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最高裁判所第二小法廷 昭和37年(オ)255号 判決 1966年6月24日

上告人 大阪国税局長

訴訟代理人 上田明信 外六名

被上告人 相互タクシー株式会社

主文

原判決を破棄し、本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人山田二郎、同浜田豊蔵、同根来正輝、同未広益男、同後藤芳朗、同田村辰雄の上告理由について。

原判決は、被上告会社が当時「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」(昭和二四年法律第二一四号による改正前。以下独禁法と略称する。)一〇条による制約を受けていたとはいえ、その所有する増資会社の株式を一時自社の重役に信託的に譲渡し株主名義を重役個人に書き替える方法により、または増資会社から第三者指名権を与えられて自社の重役個人を指名する方法によつて、これら重役等に各社の増資新株の割当を受けさせ、それぞれその新株を取得させた事実を認定し、このように第三者に新株を割当させることのできた被上告会社の地位そのものは、金銭に見積ることもできる経済的価値ある利益とし、被上告会社の前叙の行為は、同社に帰属した新株の割当に関する利益を各重役に移転したものと見ることができる旨を判示したのである。前示独禁法一〇条は、一般事業会社が当時なお保有を認められていた他社の株式につき増資のあつた場合に、会社自ら増資新株を取得することを許さなかつたにもせよ、増資によりその株主一般が受けうべき利益を会社において事実上享受するために採る行為までを無効とする趣旨とは解しがたい。従つて、被上告会社は、前叙の行為により重役等個人にそれぞれ増資株武を取得させたうえ、重役等のこれによつて取得した利得を同社に回収することを約さしめることもできたはずであり、また重役その他の第三者に対し相当の対価を徴して、その者のために前叙の行為をすることもできたわけであるから、被上告会社がこのような方法に出ないで、重役等のために前叙の行為をしたことは、増資会社の株式の所有に基づき被上告会社が享受する経済的利益を無償で重役等に授与したことを意味し、この点に関する前叙原判示は正当といわなければならない。

ところで、被上告会社の前叙の行為の実体を右のように解するならば、その移転の対象となつた経済的利益は、いわば同社所有の増資会社株式について生じる新株プレミアムから構成されるものとみられ、その利益の移転は、同社所有の増資会社株式の値上り部分(同社の取得した第三者指名権も株式の増価部分と同視して妨げない。)の価値の社外流出を意味するものということができる。そこで、これら株式の値上りが被上告会社の右株式の取得価額(記帳価額)を上回わるものがあるならば、その部分は同社の未計上の資産であり、前叙の行為により移転する経済的利益の全部または一部は、かかる未計上の資産から成ることが考えられる。そうであるとすれば、かかる未計上の資産の社外流出は、その流出の限度において隠れていた資産価値を表現することであるから、右社外流出にあたつて、これに適正な価額を付して同社の資産に計上し、流出すべき資産価値の存在とその価額とを確定することは、同社の資産の増減を明確に把握するため当然必要な措置であり、このような隠れていた資産価値の計上は、当該事業年度において資産を増加し、その増加資産額に相当する益金を顕現するものといわなければならない。そしてこのことは、社外流出の資産に対し代金の受入れその他資産の増加をきたすべき反対給付を伴なうと否とにかかわらない。してみると、本件において被上告会社が前叙の行為によつてその重役等に移転した利益に同社の未計上の資産価値が含まれると認められるかぎり、当該事業年度においてそれに相当する益金の発生を肯定せざるをえないのであつて、他面その重役等に対する利益授与による被上告会社の資産の減少が事業上の損金となしがたいものとすれば、右益金の発生が総益金増加の原因となることはいうまでもない。原判決がこの点に思いを致さず、前叙のように被上告会社がその重役等に対し経済的利益を授与したことを認めながら、それが同社になんら利得をもたらすものでないことを理由とし、これにより同社に益金を生ずる余地のないものと判断したのは、首肯しがたい。されば、右の判断を非難する論旨は理由があり、原判決は破毀を免れず、本件はなお審理を要するものと認め、これを原審に差し戻すのを相当とする。

よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 奥野健一 草鹿浅之介 城戸芳彦 石田和外)

上告理由書

原判決は、法人税法九条一項の解釈を誤つており、この法令違背は、判決に影響を及ぼすことの明らかなものである。すなわち、原判決は、一方において「新株の割当に関連する何等かの利益(それが権利と名づけられるものであるか否かは別として)が一旦被上告会社(控訴会社)に帰属した上、それが各重役に移転したと見ることができる」と判断しながら、結論として、「一旦被上告会社に帰属した前示経済的利益は、結局何等現実の利得を同会社に与えることなく無償で各重役に移転したものと見るほかはない」と判示して、被上告会社に利益が実現したとする上告人の主張を排斥しているが、これは、法人税法九条一項の「総益金」についての解釈を誤まつているものである。

(一) 法人税法九条一項の意義について

法人税法九条一項は、法人の各事業年度の所得について、「その年度の総益金から総損金にを控除した金額による」とし、その総益金また総損金について明らかにしていないが、右総益金とは、資本の払込み以外において純資産増加の原因となるべき一切の事実に基づく経済的利得(会計用語では、経済的利得を収益と表現している)をいい、総損金とは、資本の払い戻しまたは利益処分以外において純資産の減少の原因となるべき一切の事実に基く経済的犠牲(損失)をいうものとされている(東京高裁昭和二七年二月二一日例集三巻一号一七二頁、大阪地裁昭和三一年四月一六日例集七巻四号九三三頁、忠佐市著「税金と会計原則」五六一頁、同「租税法要論」一五三頁、法人税基本通達五一、五二等)。

そして、右総損益金とは、純資産の増減にほかならないから、売買その他の営業活動の結果から損益が現実化したもの(営業利益、営業損失)だけでなく、その所有資産の時価の騰落によつて生じた経済的価値の増減のうち実現したものもこれに算入されるべきものであり、(行裁明四一年二月二九日行録一九輯二〇八頁、同昭七年二月一六日行録四三輯五四頁、同昭八年三月一一日行録四四輯一四五頁、黒沢清・湊良之助「企業会計と法人税」三六一頁以下等)、また、右総損益金に算入されるべき経済的損益の帰属年度は、その経済的損益の実現したときをもつて決すべきものである。そこで、収益または損失の実現とは何をいうか、すなわち、如何なる事実または状態を以て収益または損失の実現と見るかが重要な問題となるのであるが、それは、一般に承認され正規の簿記の土台になつている近代企業会計の理論に基礎を置き、租税負担の公平等いわゆる租税原則といわれるものを考慮して、それぞれの場合の損益の形態に応じ合目的見地から決定されるべきものである(行政訴訟十年史四八〇頁)。何故ならば、このようにして始めて、企業の経理の実体を把握し、公正かつ適正な徴税を行なうことができるからである。

(二) 以上の見地に立脚して、財産の時価の値上り分その他未だ企業の帳簿に計上されていない経済的利益が社外に流失した場合について、その実現が如何に把握さるべきかの問題を考察するに、それはその社外に流失した時に従来既に発生し存在していた潜在的利益が客観的、かつ確定的となつて顕在化し、企業の収益として実現したと見るべきである。時価相当の対価を以て他に売却された場合に、未計上利益が現実の収益(売買差益)として表現されることはいうまでもないが、それが無償または不当に低廉な価格で譲渡された場合にも理論は同一である。何故ならば、この無償または不当に低廉な対価を以てする譲渡によつて会社が失う経済的利益は、未計上とはいいながらその時価に相当する価額の財産に外ならず、その低い帳簿価格(帳簿登載のない場合は無)によつて表現される価額の財産ではないのであつて、この実体が帳簿に正しく表現されなければならないわけである。そのためには、帳簿価格の低いものはこれを時価に修正し、また、従来の帳簿に未計上のものは改めて時価を以てこれを計上し、評価益または新規計上収益を計上した上、それが社外に流出したとして経理することが必要で、企業の資産状態はかくすることによつて始めて正確に帳簿に表現されることになるものである。この際社外流出が損金と認められるものであれば、前記計上収益はこれによつて打消されるから結局企業の純益はないことになるし、それが損金と認められないものであれば、前記計上収益はそのまま企業の純益となることになるが、そのいずれであるにせよ、このことと前記計上収益の実現とは直接の関係はないのである。

(三) みぎに述べたように、財産の時価の値上り分その他の未計上利益が社外に流出した場合には、この時に企業の潜在的財産が顕在化するに至つたものとして、ここに収益の実現を把握すべきものであるが、特にその社外流出が自然力または第三者の行為によらず、企業自体によつて意識的に行なわれた場合には、このことは一層妥当すると考える。企業自体の意識的行為によつてその社外流出が時価相当の対価を以て行われた場合は勿論であるが、無償または不当に低廉な対価を以て行なわれた場合においても、企業はその時価または時価と対価との差額に相当する何等かの経済的効果を収めているといえる。何故ならば、故なくして財産を無償または不当に低廉な対価を以て処分することは合理的経済人のよくするところではなく、その敢えてこれをするからには、必らずや然るべき理由または原因(例えば役員に内密で賞与を支給する等)があるのであつて、企業はこの処分によつてそれだけの経済的効果を挙げているのである。この点から見ても社外流出のときにこれらの未計上利益が収益として実現するとする考え方が正当であることが首肯されると考える。

(四) 本件において、原判決が確定した事実によると、「被上告会社に、(敷島紡績株式会社、奈良電気鉄道株式会社および北越製紙株式会社の)新株の割当に関連する何等かの利益が一旦帰属したうえ、それが各重役に移転した」(二七頁二行目以下、三〇頁五行目以下、三一頁八行目以下)のであるから、この事実関係を前提とする以上、当然に、右増加利益すなわち増加収益(原判決の判示のとおり、それが、権利と名づけられるものであるか否かは、問う必要がない)が被上告会社に発生し、その増加収益が、原判決認定のとおり信託的譲渡行為あるいは縁故割当のための指名行為の結果によつて移転し実現しているのであり、その増加収益は、その実現した本事業年度の総益金中に加算し、法人の所得として把握されるべきものといわねばならない。

なお、被上告会社が取得した収益を他人に処分し尽しているとしても、一旦収益を取得した以上当然に純資産の増加を来たすのであり、その収益を処分したかどうかと直接の関係がないことは、前記のとおりである。そして本件の増加収益の処分は、弁論の全趣旨から明らかなとおり、いわゆる利益処分そのものであり、損金処分とは扱われるに由ないものである。

(五) しかるに、原判決は、前述のとおり、「被上告会社に新株の割当に関連するプレミアムの利益が一旦帰属したうえ、それが各重役に移転した」と認定されながら、法人の所得として把握すべき総益金について、「各重役から反対給付として対価の支払を受け、もしくは、当然これに支払うべき債務を免れたごとき事実」(二七頁五行目以下)、また、「被上告会社に現実の利得があつた事実」(二九頁二行目)が認められないから、右「被上告会社に一旦帰属し、移転したことによつて実現した経済的利益」も総益金に加算できないと判断されている。この判断は、法人税法九条一項の総益金の解釈について重大な誤りを侵しておられるものといわねばならない。すなわち、法人の所得として把握すべき総益金は、前述のとおり、法人の所有している純資産が資本の払込み以外において増加した事実(本件の場合は未計上利益の実現)があれば必要にして十分であり、純資産の増加として把握するのに、対価の支払等による現実の経済的利得の取得等が必ずなければならないものではない。

原判決が、「売買等による現実の対価の取得が認定できないから、総益金に算入されるべき純資産の増加はない」と判断されているのは、明らかに失当であるといわねばならない。

(六) さらにまた、原判決は、被上告会社の役員等が取得した本件増資新株またはその引受権について、それが賞与として与えられたものであるとの上告人の主張を排斥しているが、法人の役員がその資格において法人から支給を受ける経済的利益は、正当な役員報酬でない限り、すべて利益金処分による賞与の支給と認定さるべきものである(行政裁判所昭和六年第四七号事件昭和一二年一〇月一四日判決参照)。

原判決は、みぎのような役員の受ける経済的利益のうち、株主総会または役員会の議決によるもののみを賞与とし、それ以外のものを賞与としない見解をとつているようであるが、後者について不当にこれを支給した機関が法人に対して賠償責任を負うことは別として、その支給が利益金処分としての賞与の支給であることに変りはない。これは「隠れたる利益処分による賞与」の支給として、前者の「公然の利益処分による賞与」の支給と、実質的に同一のものである。

被上告会社は、本件増資新株またはその引受権を役員等に与えたことによつて、これに公然の利益処分たる賞与を支給したと全く同一の経済効果を挙げているのである。この点から見ても、本件増資に関して、被上告会社に帰属した経済的利益が実現したことは明白である。原判決が、「従つて若し被上告会社がこのようにして各重役に新株を取得せしめたことにつき、各重役から反対給付として対価の支払を受け、若しくは当然これに支払うべき債務を免れたごとき事実があつたとすれば、之により前記経済的利益が現実化したものとして……」と判示しているのは、各重役に新株を取得せしめるについての被上告会社自体の何等かの経済効果を問題にしているように解されるが、右の賞与としての性格を看過し、被上告会社に何の経済効果もないと判断したのは誤つていると考える。

(七) なお、現実の法人経理において、法人所有の土地家屋で帳簿価格が時価より著しく低いものを、その役員に帳簿価格を以て譲渡している事例が多い。

徴税実務においては、かような場合に法人の含み利益が実現したものとして時価と帳簿価格との差額を益金に計上し、更に、それが賞与として役員に支給されたものとして徴税を行なつている。そしてこの徴税実務は既に多年に亘つて円滑に行なわれているものである。

原判決の趣旨によれば、この多年の徴税が誤つていることになり、右のような場合に法人の含み利益は遂に実現するに至らなかつたものとして法人税の課税を免れる結果になるが、これはいかにも不当なことと思われる。

右述べたように、原判決が違法として破毀さるべきものであることは明白であるが、なお本件に関して参考になると思われる判例と先例をつぎに掲げておく。

行政裁判所昭和四年第五三六号同八年三月二五日判決

大阪地方裁判所昭和二八年第八三号同三一年七月三〇日判決

Circuit Court of Appeals of the United States,1941. 123 F. 2d 986

(Federal Income Taxation,cases and materials… Surrey and Warren,University Casebook Series,1954 Edition,590 p.)

以上

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